19歳のドイツ人ダーリンとわずか1日で恋に落ちて

「愛だ恋だ言ってないで現実を見ろ」といわれて考えたこと

time 2016/05/20

「愛だ恋だ言ってないで現実を見ろ」といわれて考えたこと

こんにちは、はるぼぼ(@harubobo_nikki)です。

タイトルにあるコメント、一体誰に言われたのかと思われているかもしれませんが、まったく見ず知らずの相手です。ブログにそのようなコメントを残していった方がいました。

お金も社会経験もない学生と無理やり結婚するなんて理解できない。愛だ恋だ言ってないで現実を見たほうがいいのでは。ビザ婚(ドイツのビザを取得するための結婚)ですか。」という内容。

悪意が感じられる内容なのでこれを見たときにはショックを受けましたが、ネットで情報を発信するというのは批判や中傷を受けるリスクが常に伴うこと。

それをしている以上ネガティブなコメントを受けることは想定していましたし、私たち二人の選択を理解できないと考える人が世の中にはたくさんいるであろうこともわかっていました。

でも見ず知らずの人に「理解」してもらおうなんて思っていません。いちいち落ち込んだり怒ったりするのも馬鹿馬鹿しいので気にしないよう努めましたが、やはりこれをきっかけに色々と考えたことがありました。

「現実を見る」ってなんだ?

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まず「現実を見る」とはどういうことかということ。

その方の考えでは、すでにお金や仕事のある人をパートナーに選ぶのが「現実的を見る」ということを意味するのだと想像します。まぁそれは一般論的にいえば間違っていないと私も思います。

でも、お互いに「この人が自分にとって唯一無二のパートナーだ」と確信していて、素晴らしい関係性を築いている私たちが、ダーリンがまだ学生だという理由だけで無理やり別の相手を選ぶとしたら、そのほうがよほど非現実的です。

ダーリンが社会人になるまで日本とドイツで遠距離という選択肢も理論上はありましたが、そうすると何年ものあいだほとんど会えないことになります。私たちの人生には限りがあるのだから、お互いに必要としている相手にろくに会えないまま何年も過ごすなんて考えられません。

そもそも、すでに仕事もお金もある人を選ぶのが「より安全そう」に見えるのは確かですが、本当にそうかなどという保証はどこにもありません。職があっても失業するかもしれませんし、事故に遭って働けなくなるかもしれないのです。

そう考えると、今その人が何を持っているかよりも、その人の人間性や能力のほうがよほど重要です。

社会経験やお金なんて後から手に入りますし、いい年になってもいつまでも子どものような人に比べれば、ダーリンのほうがよほど成熟していると思っています。社会経験があるかどうかは本質的な問題ではありません。

それらを見極めたうえで、ダーリンとならパートナーとして人生を歩んでいけると判断したから、ダーリンがまだ学生であろうと私がドイツに移住して結婚するという道を選んだのです。

それが私たちなりの「現実を見る」ということです。ちなみに、私はヨーロッパやドイツに特段憧れがあったわけではなく、いわゆるビザ婚ではないのは言うまでもありません。

もっとお金があればラクなのは確かですが、たまたま一時的にダーリンの口座残高がマイナスになったことがあっただけで、日頃お金に困っているわけではありません。

決して贅沢はできないけれど、日常の生活に何ら支障はありません。ダーリンも私も、もともと現実主義者なので、現実的な側面を考えずに一時の感情だけで突っ走るなんてことはありえないのです。


「現実を見る」は逃げの言い訳になることが多い

この「現実を見る」について考えていたときに思い至ったことがありました。それは、この表現はしばしば自分の心に正直に生きようとしないときの言い訳に使われるということ。

やりたいことや夢があるのに、リスクをとることを恐れてチャレンジしないときに「現実を見ないと」といいます。

これはもちろんその人の能力や状況にもよるので、一概にそれが悪いとは言えません。いくら頑張っても結果が出なければ方向転換したほうがいいこともあるでしょう。

でも「現実見ないとね」という言葉を安易に使っていると、自分にとって本当に大切なこと、自分が本当にやりたいことを簡単に諦めるようになり、自分の心に正直に生きられなくなってしまうのではないでしょうか。

だから「現実見ないと」と言うときは、それが逃げることを正当化する口実になっていないかどうか、自分自身に問いかけてみる必要があります。

みなさんに伝えたいこと

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これを読んでくださっている方に伝えたいことは2つです。

一つは、自分にとって本当に大切なことや自分が本当にやりたいことに向き合っているときに、「外野」から色々言われても気にしないでくださいということ。

親やパートナーなど、身近な人が何か言うときには話し合って理解してもらうよう努めたほうがいいかもしれませんが、外野の言うことに必要以上に憤ったり、精神的ダメージを受けてしまったりしたら相手の思うつぼです。

信じる道に進もうとするとき人に何か言われたら、それは自分の本気度を試すリトマス紙です。

「学生と結婚なんて理解できない、現実を見ろ」と言われたところで、ダーリンへの気持ちも結婚の決意も何も変わりません。そんなことで揺らぐくらいだったら、そもそもはじめからそんな決断をしていませんからね。

もう一つは、自分や自分の大切な人のために貴重な時間を使ってくださいということ。今回ありがたい忠告をくださった方は、何も生み出さない批判コメントを書くために少なくとも数分の時間を使ったはずです。

何も生み出さない行為のために、自分の貴重な人生の数分間を費やしたことになります。(中傷のような批判ではなく、建設的な批判や教訓になるような批判なら話は変わってきます。)

大げさに言うなら、自分の命の時間を削って赤の他人を批判したのです。たとえ数分であっても命は命。私を批判したところでその方に何かいいことがあるわけではないのですから、これはもったいないことです。

だから、これを読んでくださっている方には、自分と自分にとって大切な人や物事のために貴重な時間を使ってほしいです。

自分にとって本当に意味のある大切な批判、必要な批判なら大いにすべきですが、何の関係もない他人の生き方に口出ししたりするのは命のムダ遣いです。同様に、自分にとって重要でないことに必要以上に怒ったり落ち込んだりするのもやっぱりもったいない命の遣いかたです。

私たちの人生の時間は限られているのだから、その大事な時間を費やす価値があることに時間を使いましょう。

今回の一件は自分自身の行動や時間の使い方を見直すいいきっかけになりました。ありがとうございます。

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Profile

はるぼぼ

はるぼぼ

旅するライター&ブロガー。 会社員時代にドイツ人のダーリンと恋に落ち、ドイツ移住を決意。退職、5ヵ月のアジア横断旅行を経て、2015年11月ドイツ生活をスタート。ドイツを拠点に各国を飛び回り執筆中。 お問い合わせはharubobonikki@gmail.comまで! [詳細]

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