私はこれまで3度タイを旅行したことがあります。
1度目はバンコクとアユタヤ周辺に6日間。2度目はバンコクからチェンライまでを約1ヵ月かけて縦断。そして3回目は、バンコクだけに2週間暮らすように滞在しました。
日本人に大人気のタイですが、実は、過去2回訪れたときのタイの印象は必ずしも良いものではありませんでした。
しかし、今回3度目のタイ旅行でようやくタイの、そしてバンコクの本当の良さがわかったのです。
なにもかもが新鮮だった初めてのタイ
私が初めてタイを訪れたのは今から10年ほど前。大学生のときのことでした。
当時の私にとって、タイは初めて訪れる東南アジアの国。海外個人旅行の経験も少なかったので、ツアーに参加してバンコクとバンコク近郊をめぐりました。
初めて見る東南アジアはなにもかもが新鮮。そのときの感想は「タイって面白い!」でした。しかし、そのときは典型的な観光地を周っただけで、今振り返ってみると、本当のタイの良さやバンコクの良さにふれたとは思えません。
初めて見るものだらけだったので、新鮮な驚きの連続ではありましたが、「タイって面白い!」とは思ったものの、「タイが好き」と思えるほどタイのことがわかったわけでもなければ、「タイって居心地がいい」と思うほど、タイの雰囲気になじんだわけでもなかったのです。
今覚えている10年前当時のバンコクの印象は「くすんだ排ガスの街」。現在のバンコクの空気も決して良いとは言えませんが、当時はもっとひどかったです。
今に比べるとずっと「発展途上国」の雰囲気があったこともあって、私にとっての初めてのタイ旅行は、ある種「高みの見物」のようなものだったともいえます。
「どこがそんなにいいの?」と思った2度目のタイ
そして、2度目のタイ旅行は今から3年近く前のこと。ドイツ移住にあたって日本の仕事を辞めた後、ドイツにたどり着く前にダーリンと一緒にタイを旅行しました。
初めてのタイ旅行の印象が悪いものではありませんでしたし、日本人旅行者はとにかく「タイはいい」と言う人が多いので、「きっと楽しいに違いない」と思い、1ヵ月ほどかけてバンコク、アユタヤ、スコータイ、チェンマイ、チェンライ、ピピ島、プーケット島、サムイ島など色々なところに滞在しました。
ところが、2度目のタイの印象は1度目よりもむしろ悪いものになってしまったのです。
タクシーのメーター詐欺に遭ったり、オプショナルツアーのトラブルがあったり、予防接種を受けた病院で会計ミスがあったり、レストランで注文した料理と違うものが運ばれて来たり・・・
たまたま旅行者からお金を取ってやろういう拝金主義的なタイ人や、なにかあったときに責任を回避する無責任なタイ人と接する機会が多く、タイ人の印象がネガティブなものになってしまったのです。
そのせいで「微笑みの国なんていうけど、微笑むのはそうすることでお金が入ってくるときだけでしょ!」と感じるように・・・
さらに、パーティー好きな欧米人に迎合して、もともとは静かで美しい島だったピピ島すらもパーティーアイランドにしてしまったタイの観光政策にも疑問を感じ、「タイはいい!という人が多いけど、タイのどこがそんなにいいのかわからない」と思うようになっていったのです。
がらっと印象が変わった3度目のタイ
そして、つい先日の3度目のタイ旅行。今回のタイの印象はこれまでとはまるで違っていました。
「そもそも2度目のタイの印象が良くなかったのに、なんでまた行ったんだ」と思われるかもしれませんが、ドイツから日本に行く途中で寄るという行程をとったときのアクセスの良さ、そして「バンコクなら(記事の)ネタが豊富にあるだろう」と思ったことです。
結局、トラベルライターをしている以上、私の旅には多かれ少なかれ仕事の要素が入ってきます。仕事の要素がまるっきりなければ、またタイに行こうとは思わなかったかもしれませんね。
今回は日本への一時帰国前ということもあって、荷物が多かったためバンコクのみ12泊の滞在。
主要な観光スポットはすでにだいたい行っているので、ガイドブックにはあまり載らないマニアックなスポットや、以前訪れたときにはなかった新しいマーケットやカフェなどを訪ねました。
人のあたたかさにほろりとしたバンコク
3度目のタイ旅行は、これまでに比べ人のあたたかさに触れる機会がはるかに多いものになりました。
タイの地方を知る人のなかには、「バンコクは冷たい感じがする」と言う人も少なくないようですが、それでもバンコクで人のあたたかさにほろりとしたことが何度もありました。
それは、女一人でタイを訪れたのは今回が初めてだったということもありますが、「観光客からお金をとってやろう」という輩がひしめく観光の中心地にあまり行かなかったという要素も大きいでしょう。
「バンコクのタクシーはぼったくりが多い」とよく言われますし、私も過去にはメーター詐欺に遭ったことがありますが、今回は10回以上タクシーを利用しても悪質な運転手は一人もいませんでした。
「メーターを倒して」なんて言わなくても、当たり前のようにメーターを使ってくれる運転手さんばかりでしたし、もちろんメーターが不審な上がり方をすることもありませんでした。
バンコクには確かにぼったくりや自称ガイドの詐欺師なども多いですが、そういう人は結局市民全体の一部で、観光の中心地に固まっています。
観光のメインエリアを中心に周ると、残念ながら嫌な人物に遭遇する可能性が高いですが、観光の中心地を外れると、むしろ親切な普通のタイ人と接することが多くなるんですよね。
タイ人のとろけるような笑顔に衝撃を受ける
バンコクでBTSの駅の階段をスーツケースを持って降りようとしていたら、通りかかった男性(40代くらい)が「I will help」と言って、スーツケースを降ろしてくれたことがありました。
そして、その男性が立ち去るときにものすごくあたたかい、無防備なとろけるような笑顔をくれたのです。
その瞬間、なんだかものすごい衝撃を受けました。「なぜ見ず知らずの私にそんな笑顔をくれるの!?私は助けてもらったほうなのに!」と。
日本からタイに旅行しただけなら、「優しい人だな」と思っただけで、あそこまで衝撃を受けることはなかったかもしれません。でも、ドイツの雰囲気に慣れた後にそんな出来事があったので、長らく忘れていた感覚が呼び覚まされたような気がしたのです。
おそらく、ドイツ人は見ず知らずの相手にたいしてあれほど無防備な笑顔を向けることはありません。
それはその国の文化であって、どちらがいいとか悪いとかいう話ではありませんが、タイ人とドイツ人の他人との距離の取り方や、ノンバーバル(非言語)コミュニケーションの取り方が根本的に違うように感じます。
アジア圏とは異なる文化をもつヨーロッパでしばらく過ごしたからこそ、そうした違いが際立って感じられて衝撃につながったのだと思います。
タイの居心地の良さを実感
「タイは居心地がいい」と言う日本人は多いですが、今回のタイ旅行でやっと私もその意味がわかりました。
南国らしいのんびりとした雰囲気があって、食べ物がおいしくて、物価も安い。「タイの居心地の良さ」にはこんな理由が挙げられることが多いですが、私が思うにタイの居心地の良さはそんな表面だけの話ではありません。
タイの人は基本的には穏やかで争いを好まないですし、細かいことはあまり気にしない。(場合によってはそれが困ったことになることもありますが)
だから、「よほどのことがなければ、怒られたり激しく糾弾されたりするようなことはないだろう」という安心感があるのです。
ドイツやヨーロッパの国にいるあいだ、具体的にそんな不安感を抱いていたわけではないのですが、今思えば「現地の人から見て間違ったことをしたら責め立てられるのでは」という無意識の緊張感があったのかもしれません。
もちろんタイにもタブーはありますし、なにをしてもいいとは思いませんが、タイでは「私がすでに知っているタイのタブーに注意して、自分が思う常識の範囲内で行動すればまず大丈夫だろう」という感覚でいることができるのです。
「やっぱり自分はアジア人なのだ」と実感
加えて、タイ人と日本人の共通点も「タイは居心地がいい」と感じる要因になりました。米を食べるなど食文化の共通点もありますが、今回特に感じたのはコミュニケーションの取り方における共通点です。
今回の旅で、タイの人と声にははっきり出さずに表情や口の動き、会釈のような軽い頭の動きだけで挨拶を交わした場面が何度もありました。
そうしようと思ったわけではないのですが、無意識のまま自然とそんな風になっていて、でも挨拶が成立していることに対しなんだか感激してしまったのです。
そうやって挨拶が成立した瞬間、「そういえばこんな挨拶の方法があったよね!」と久しぶりに思い出し、海外でありながら日本人の私にとって非常にナチュラルな挨拶が通じたということに対する感動です。
一口に「アジア」といっても文化は千差万別ですが、やはりなんでも言語化する(言葉に出してはっきり言う)ことを重視するヨーロッパに対し、アジアにはその時の雰囲気次第で必ずしも言語化することを必要としない文化があるのだと思います。
ヨーロッパの「いちいち言葉にする」という文化も素敵ですし、見習いたいと思うことも多いのですが、曖昧な物事が許される日本で生まれ育った私にとっては、なんとなく「厳しい」感じがすることもあります。
日本人でも「ヨーロッパ的なコミュニケーションのほうがはっきりしていていい」と思う人もいるかもしれませんが、やっぱり私にはアジア的コミュニケーションが心地良いですね。
以前タイを旅行したときは、「私は日本人だからタイ人とは違う」と思っていたのですが、ドイツに住むことでアジア人としてのアイデンティティが育まれて、今では「日本人もタイ人も同じアジアの仲間だ」と思うようになりました。
ポジティブな部分に目が行くように
「微笑みの国」と呼ばれるタイですが、実際には無愛想な人やぶっきらぼうな人も多いです。それは、タイには高級ホテルや高級レストランを除き、「営業スマイル」というものがあまり存在しないからです。
だから、日本のサービスの水準に慣れていると「どこが微笑みの国なの?」と思ってしまうかもしれません。
でも、ドイツのぶっきらぼうなサービス(もちろんフレンドリーなサービスを受けることもありますが、日本に比べるとムラがあります)に慣れてしまった私は、無愛想な人やぶっきらぼうな人は基本的にスルーできるようになりました。もうそれが普通だと思っているから気にならないんです。
そのかわり、タイで素敵な笑顔を向けられたときはそれがすごく印象に残りました。
だから、「今回のタイ旅行ではたくさんのあったかい笑顔をもらったなぁ」という印象で、無愛想に対応されたことはほとんど覚えていません。
日本にいるとサービスの水準にやけに厳しくなってしまいますが、ポジティブな部分に目が行くって、自分の精神衛生上もすごくいいことですね。
おわりに
今回、3度目のタイ旅行でタイの印象が大きく変わったのは、一人旅であったこと、一般の観光客はあまり訪れないところを周ったことも関係していますが、ドイツという第3国に住んだことも大きく影響しています。
ひとつの国を知ることが、ほかの国での気づきを生むなんて、世界はつながっていて、自分自身の経験もまた相互に影響し合っているんですね。
一連の経験からわかったことは、「自分にとっての当たり前」や「自分のなかでの常識」によって、同じ経験でも感じ方が大きく変わることがあるということです。
2度目の印象はいまひとつでしたが、タイを再び訪れて本当によかったです。そして、「たぶん私またタイに行くんだろうな」という気がしています。