ドイツに住み、トラベルライターとして活動していたこともあり、私はヨーロッパのほとんどの国を訪れたことがあります。
「ヨーロッパ」というと、日本人にとっては「憧れ」的な意味合いが強く、美しい旧市街や華やかな古城などをイメージされる方も多いと思います。
しかし、「ヨーロッパ」というのは、一括りにできないほど多彩。
そのなかでも特に印象的だったのが、「ヨーロッパ最貧国」と呼ばれるコソボ。いままで見てきたヨーロッパとは全く違うヨーロッパの顔に出会い、戸惑いもありましたが決して忘れられない体験です。
コソボを通して見た、知らなかったヨーロッパの姿をお伝えしましょう。
コソボってどんな国?
コソボ共和国(コソヴォ共和国)は、2008年に独立を宣言したヨーロッパで最も若い国。東ヨーロッパのバルカン半島に位置する小国で、国土面積は岐阜県ほどしかなく、人口はおよそ180万人です。
1998~1999年のコソボ紛争では「民族浄化」とも呼ばれる悲惨な事態に陥り、20万人を超える難民を出しました。この紛争の傷痕は、今も国土のあちこちに見られます。
ユーゴスラビア時代、コソボはセルビアの自治州であったため、隣国セルビアは現在も「コソボは自国の領土である」という認識を崩しておらず、ほかにも中国やロシア、スペインなどコソボの独立を承認していない国が多数あります。
2017年現在、EUにもシェンゲン協定にも加盟していませんが、EUの共通通貨であるユーロが流通しています。
貧しいヨーロッパ
私はこれまでにも、チェコやポーランド、クロアチア、モンテネグロといった経済的にそう豊かではないヨーロッパの国々を旅してきました。
しかしそれらの国々は、「ドイツやスイスといった豊かなヨーロッパの国々と比べると貧しい」という程度で、アジアやアフリカの貧困国と比べるとそこそこ豊かだという印象を受けます。
ところが、コソボの貧しさはほかの大多数のヨーロッパの国々とは次元の違うものでした。
街を歩けばあちこちで物乞いに出会いますし、国道ですら未舗装の道があります。ドイツやフランスなどの西ヨーロッパ諸国でも物乞いは珍しいものではありませんが、コソボの物乞いは擦り切れて汚れた服を着ている人が多く、西ヨーロッパで見る物乞いよりも、ずっと切羽詰まったものを感じました。
モスクや城塞といった歴史的建造物は、トルコ政府やアメリカ政府の支援を受けてようやく修復作業が進んでいるところ。自国の資金では歴史遺産や観光資源すらもまともに整備できないのがコソボという国の実情なのです。
当然のことながら物価も安く、私の肌感ではおおむね日本の2~3分の1程度に感じられました。
イスラム圏としてのヨーロッパ
ご存じの通り、ヨーロッパで最も幅をきかせているのはキリスト教ですが、コソボにおける主要な宗教はイスラム教です。
コソボの民族構成はイスラム教をおもに信仰するアルバニア人92パーセント、セルビア正教を信仰するセルビア人5パーセント、トルコ人などそのほかの民族が3パーセント。圧倒的にイスラム教徒が多いんですね。
コソボ人の容姿は人によってかなり違いがありますが、日本人が一般的にイメージする「イスラム教徒」とは違う、西洋的な見た目の人も少なくありません。しかし、街にはモスクがあり、礼拝の時間になるとアザーン(礼拝の呼びかけ)が流れ、男性たちが続々とモスクにやってきます。
ヨーロッパでこれほどイスラム色の強い土地を見たことはなかったので、とても新鮮でした。
といっても、スカーフで肌を隠している女性は少数派で、一見してイスラム教徒とわかるわけではありません。お酒も普通に飲めますし、戒律の厳しいアラブの湾岸諸国に比べると、ずいぶんとゆるい印象です。
人と人との距離が近いヨーロッパ
個人主義が強いヨーロッパでは、これといった理由もなく見ず知らずの人に話しかけるのはあまり一般的でないという国が多いです。私はこれまでにヨーロッパ20数か国を旅してきましたが、いきなり「ハロー」とか、「どこから来たの?」とか、話しかけられた記憶はそれほど多くありません。
でも、コソボでは、あちこちでフレンドリーに声をかけてくれる人に出会いました。道端で地図を見ていると、かならずと言っていいほど「Can I help you?」と声をかけてくれる人がいます。そのおもてなし精神に「ここはトルコか!?」と思ったほど。
そもそもまだまだ外国人旅行者が少ないうえ、アジア人はさらに珍しいということもあってとは思いますが、イスラム圏によくある人と人との距離の近さを感じました。イスラム教では「旅人(客人)に親切にするように」との教えがあるので、外国人旅行者に対して親切な人が多いです。
ちなみに、コソボの南に位置する国・マケドニアも、コソボと民族・宗教は違うもののフレンドリーな国民性で知られています。コソボの人々のフレンドリーさは、外国人がもの珍しい+イスラム教徒的な親切さ+バルカン気質の3つの要素から生まれているのではないかと思います。
紛争の火種を抱えるヨーロッパ
日本人の多くがイメージするヨーロッパとは「歴史的な街並みを残しながらも、経済的に豊かで文化的にも成熟した土地」ではないでしょうか。
しかし最初にご紹介した通り、いまだコソボの独立を認めていない国も多く、コソボの独立国家としての地位は盤石なものではありません。(日本はコソボの独立を承認しています)
アルバニア人(コソボの主要民族)とセルビア人の対立が解消される道筋はまだ見えておらず、外務省の「海外安全ホームページ」を見ると、セルビアとの国境に近いコソボ北部の一部地域では、「不要不急の渡航は止めてください」にあたるレベル2の危険情報が出ています。
決してコソボ全土が危険だというわけではないのですが、紛争の火種は今もくすぶり続けているのです。
気になるコソボの治安は?
私は4日間でプリシュティナ、ペヤ、プリズレンの3都市を周りました。いずれも外務省の海外安全ホームページで危険情報の対象になっていない都市ばかりです。
女一人旅でしたが、特に身の危険や不穏な空気を感じることはありませんでした。とはいえ、コソボに限ったことではありませんが、夜の一人歩きは避けたほうがいいと思います。
事前リサーチで、「現在の治安は安定している」と判断して旅行に出かけたわけですが、いざコソボに行くとなると不安もあったのが正直なところです。でも実際に行ってみると、思っていた以上に穏やかで安全な印象を受けました。
現在のコソボという国は、北部の一部地域を除けば、おそらく日本で一般的に思われているよりはずっと安全です。もちろん、最新の治安情報の入手や海外における当たり前の注意は怠らないというのが前提にはなりますが・・・(関連:「【女海外一人旅】28ヵ国経験者の私が安全のために気を付けている6つのこと」)
万人におすすめできる旅先というわけではありませんが、「ありきたりではないヨーロッパ旅行がしたい」とか「いままでと違うヨーロッパの姿が見たい」、あるいは「民族問題について知りたい・考えたい」という人にとっては、コソボは得るものがある国だといえるでしょう。
個人的には、コソボの一番の観光資源は「人」だと思っています。