19歳のドイツ人ダーリンとわずか1日で恋に落ちて

人生のどん底だった結婚生活から私が学んだ5つの人生のレッスン

time 2016/02/26

人生のどん底だった結婚生活から私が学んだ5つの人生のレッスン

こんにちは、はるぼぼ(@harubobo_nikki)です。

ダーリンと出会う前の話になりますが、日本人の男性と結婚していたことがありました。その結婚生活は私にとって、心が休まることのない日々で、幸せとはほど遠いもの。まさに私の人生の「どん底」でした。

当初は優しかった相手ですが、一緒に暮らし始めてから態度が激変。料理の味付けを失敗したなど、些細なことで何時間も叱責されるような毎日でした。自尊心を傷つけられるうちに自信を失い、「自分はダメな人間なんだ」と思うようになっていったのです。

しばらくは家族にも友人にも話すことができずにいましたが、実家に帰ったときに打ち明けたら、母から「それはモラルハラスメントだ」と言われました。

私は「モラルハラスメント(精神的暴力)って何?」という状態でしたが、調べてみると、そのときの状況や加害者の特徴にかなり当てはまる点があることに気付きました。そして、世の中にはモラルハラスメントに苦しんでいる女性が(男性も)たくさんいることを知ったのです。

その後、苦しみから這い上がった私は、今は最高のパートナーを得て幸せな日々を送っています。今日は、人生のどん底だった結婚生活から私が学んだ5つのレッスンをご紹介したいと思います。

1.自分の人生は自分でつくるもの

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昔から私は「自立」しているつもりでした。でも、結婚生活の失敗に直面して、自分は自立などしていなかったことを思い知りました。

当時の私は、人生において何をしたいのかがわからずにいました。でもその人はとても個性的で向上心の強い人だったので、「この人と一緒にいればおもしろい人生が送れそう」と思ったのです。

後から思えば、そこには相手の人生に乗っかろうとする「依存」がありました。振り返ってみれば、「自分の人生を自分で描いて切り拓いていく」、「自分が人生の主人公」という当事者意識が決定的に欠けていたのです。

自分の人生は自分でつくるもの。たとえパートナーであっても他人の人生を決めることはできません。

2.結婚相手とは人生のパートナー

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「結婚相手は人生のパートナー」なんて、当たり前と思われるかもしれませんが、当時の私は「人生のパートナー」の意味をまったく理解していませんでした。その人といると飽きることがなく、とにかく楽しかったので、「この人といたら人生楽しいだろう」という安易な思考で結婚に進んでしまったのです。

もちろん「この人といると楽しい」という純粋な喜びはとても大切です。でも、人生を共に歩むパートナーとして「信頼」できる相手かと自問したら、答えは「No」だったはずなのです。

パートナーシップにおいて、信頼は絶対に欠かせません。ここで言う「信頼」とは、「相手の人間性が善であり、その人が私や世の中全般に対して誠実である」と信じられることです。

しかし、その人は自分の利益ばかり追い求める人でした。そして、自分の利益になるのなら、モラルに反するようなことも平気でする人でした。ところが、当初は私に対しては優しかったので、相手の人格を冷静に見られていなかったのです。

今となってはなぜそんな相手と一緒になろうとしたのか自分でもまったく理解できませんが、その答えはおそらく次に挙げる項目にあるのだと思っています。


3.人生の苦境は必要な「レッスン」

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辛い出来事は、そのタイミングで、その経験から何か学ぶべきことがあるからこそ起こります。

それまで平穏な人生を送ってきた私にとって、結婚生活の失敗は大きな挫折でした。その現実に直面したとき、初めは絶望感や後悔でいっぱいでした。

でも、あるとき気付いたのです。

現状を嘆いていても仕方がない。この状況を乗り越えて今後の人生にどう生かすかで自分の真価が問われているのだ」と。

そこから私の姿勢は大きく変わり、自分自身の未来に対して希望を持てるようになったのです。起こってしまったことを覆すことはできません。ならば、重要なのは現状をいかにプラスに転換するかです。出来事そのものは変えられませんが「解釈」は変えられます。

自分の意思や考え方しだいで、一見「不幸」な出来事や、辛い出来事も貴重な「学び」に変わるのです。

(関連:「人生で起こる出来事には意味がある」と信じれば、未来は輝く!

4.怒りや恨みを手放すのは自分のため

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理不尽に傷つけられたり人格を踏みにじられたりすると、人はその相手に対して怒りや恨みといった感情を抱くのが普通です。私も相手に対し、それまでに感じたことのないような強い怒りを覚えたことがありました。

するとその怒りの感情の直後、急激に胃が痛くなったのです。「こんな理不尽な相手にいちいち感情的に反応していたら身体も心ももたない」と思い、怒りの感情に流されないことを意識してから、ずいぶん精神的負担が軽減されました。

恨みの感情を抱いたこともあります。相手に対して社会的制裁を加えるような報復も頭の中で考えたこともありました。やろうと思えば簡単にできることでしたが、実行には移しませんでした。

一時的な恨みの感情から仕返しをしても、それで自分が得をすることはないし、そんな低俗な行為は自分自身の人間性を毀損するだけだ」と考えたからです。

現在は相手のことを恨む気持ちはありませんし、むしろその人が実在の人物であるという現実感すらも薄れています。実在する生身の人間というよりも、私が人生のレッスンを学びとるための、何かの「権化」だったかのような気がしています。

怒りや恨みを手放すのは相手のためではなく、他ならぬ自分自身のためなのです。

5.幸せはすでにあるものの中に「見出す」もの

手にクローバー

最終的に混乱の日々を脱するまで一年ほどかかりましたが、苦境を「レッスン」ととらえるようになって以来、自分を不幸だとは思わなくなりました。辛い結婚生活に苦しんでいた最中も、「自分には仕事もあるし、家族も、友人もいる」「健康な身体がある」と考え、幸せがすぐそこにあることに気づいたのです。

辛い出来事があったからといって、人生が、毎日が「辛さ100パーセント」になるわけではありません。自分のとらえ方次第で変えられます。

ひょっとしたら「素敵なパートナーがいないから幸せじゃない」など幸せに条件を付けている人もいるかもしれません。でも、幸せに条件はありません。幸せに条件を付ける人は、その条件が満たされたら、また新たな条件を加えるでしょう。

「食べ物がある」「住むところがある」「自分のことを気にかけてくれる人がいる」・・・私たちはすでにかけがえのない幸せをもっているはずです。

(関連:【幸せになる方法】現状に感謝するだけで、たくさんの幸せが見えてくる

運のいい女(ひと)の法則 (単行本)

おわりに

自分の過去に向き合うことは、傷口に塩を塗るような少しだけ辛い作業であると同時に、今の奇跡のような幸せを身に染みて感じられる作業でもありました。

私がこうやって自分のプライベートな話をしているのも、これを読んでくださっている皆さんには私のような苦しみを味わってほしくないからです。そして、今困難の真っただ中にある方がいたら、乗り越えられるための光を見つけてほしいからです。

一度手痛い失敗をしたからこそ、未来に向かって歩んでいける強さや自信が身につきました。

あの経験がなければ、今ごろの私はもっと薄っぺらい人間だったでしょう。そして、おそらくはダーリンに出会うこともできなかったはずです。

最中にいるときは苦しい経験でしたが、今では、多くの学びと幸福をもたらしてくれた大切な経験だと思っています。

今辛い思いをしている人も、決して自分の未来を諦めないでください。夜明け前が一番暗いのですから。

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Profile

はるぼぼ

はるぼぼ

旅するライター&ブロガー。 会社員時代にドイツ人のダーリンと恋に落ち、ドイツ移住を決意。退職、5ヵ月のアジア横断旅行を経て、2015年11月ドイツ生活をスタート。ドイツを拠点に各国を飛び回り執筆中。 お問い合わせはharubobonikki@gmail.comまで! [詳細]

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