居住国ドイツを好きになりたいのに、なれなくて苦しんだ話

2015年11月にドイツに移住してほぼ一年が経ちました。一年を前にして滞在許可の延長ができなくなるという事態となり、ドイツを離れたため、実際には1年に1日足りませんでしたが…

この一年を振り返ってみると、色々な表し方がありますが、ひとつには「ドイツを好きになりたいのになれなかった一年間だった」と言うことができます。

ドイツを好きになりたいのになれなかった

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この一年、「ドイツを好きになりたい」という思いと、「なのにドイツを好きになれない」という現実のあいだで苦しんでいました。もちろん終始そんなことを考えていたわけではありませんし、「苦しむ」という表現は大げさなのですが、ドイツを好きになりたいのになれないことに対し、悶々とした思いを抱えてきました

私がなぜ「ドイツを好きになりたい」と思ったのか。理由はとても単純で、ドイツと浅からぬ縁を持ち、ドイツに住むことになった以上、ドイツを好きになったほうが自分自身がラクだし楽しいと思ったからです。

また、海外に移住したのにその国を好きになれないでいる人よりも、「この国が好き!この国での生活が楽しい!」と言っている人のほうが魅力的に思え、自分がそうなりたかったからというのもあります。

しかし、そんな想いとは裏腹に、過去一年間で私はドイツという国を好きになることができませんでした。ドイツの非現実的な政策や融通の利かない制度など、ドイツを好きになれない理由を挙げようと思えば色々と挙げられるのですが、結局は「なんとなく」だと思います

誤解のないように言っておくと、以前南ドイツの観光地をご紹介した通り、ドイツは旅行するぶんにはいい場所だと思います。ただ住むとなると、今回ビザ問題でドイツを離れなければならなくなったように、制度の影響を受けずにはいられないので…

「好きになろう」としたところでなれるものではない

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人間誰しも、悪い人ではないのはわかっているけど、なんとなく苦手な人や、なんとなく自分とは合わないと思う人がいるはずです。人間が一人ひとり違う以上、苦手な人や合わない人が出てくるのは当たり前です。

苦手な人や合わない人を好きになろうとしたところで、そう簡単に好きになれるものではなく、かえってストレスが溜まったり、その相手のことを意識するあまり余計に苦手意識が強くなってしまったりするものです。

それは個人対個人の関係だけでなく、相手が国であっても同じだと思うんですよね。「この国は○○だから好き」「この国は○○だから嫌い」など、言葉で具体的に説明できること以上に、「なんとなく肌に合う・合わない」という要素が大きいのだと思います。

だから、その国を好きになろうと努力するのは、場合によっては逆効果になると気付きました。「ドイツを好きになろう」と意識すると、かえって「ドイツが好きになれない現実」にフォーカスすることになります。

そうすると、「あんなに意味不明で硬直した行政のドイツなんて好きになれない!(あくまで個人の認識です)」と、やっぱり好きになれない理由が浮かんできてしまったりするのです。そして、ダーリンの母国であり、自分が住むことになった国を好きになれないことに対し、妙な罪悪感のようなモヤモヤを感じてしまうことになるのです。

その国を好きになろうとするより、生活を楽しむことに注力

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私は現在ドイツを離れていますが、来年の4月半ばにはまたドイツに戻る予定です。再びドイツに戻ったら、ドイツを好きになろうとはせず、ドイツでの生活を楽しむことに意識を向けようと思っています。

なぜなら、「ドイツを好きになろう」と考えることは、私の場合ムダな努力になるばかりか、かえってストレスになるからです。できるだけドイツのいいところを見つけるようにはしたいと思っていますが、その国が好きかどうかという気持ちは必ずしも自分でコントロールできるものではないと分かった以上、「ドイツを好きになろう」と自分にプレッシャーをかけることはやめにします。

むしろ「ドイツは嫌いだけど、今の生活はとっても楽しいよ!」と言えたら、それはそれですがすがしいと思うのです。(ドイツが「嫌い」とまでは思っていませんが…)

私以外にも、今住んでいる国が好きになれなくて悩んでいる人はたくさんいると思います。でも、たまたま住むことになったからといって、誰もがその国を好きになるのは無理な相談です。

もっと好きになれる国に移住するというのもひとつですが、現時点でその選択肢が取れないなら、その国を好きになれないことを開き直ってしまったほうがラクになれるのではないかと思います。好きになろうとしてもなれないものはしょうがありません。

その国のことを無理やり好きになろうとするのではなく、その国で楽しく幸せに生きることに注力する。そうすれば、ひょっとしたら結果的にその国のことが少しだけ好きになれるかもしれません。

私自身、来年の4月にドイツに戻ったら、「ドイツ生活第2章」として、新鮮な気持ちで仕切り直しをしたいと思っています。